アラフォー主婦の人間万事塞翁が馬。

日々のいろいろを綴ります。

悲しみに暮れる日々の中、唯一大笑いした出来事。離婚に至るまで《番外編》

どうも、こんにちは。ふうです。

このブログを覗いて下さった方、

いつも読んで下さってる方、

どうも有り難うございます。

 

今回は『離婚に至るまで』番外編です。

今までの記事で書く事ができなかった事を、

少しではありますが、書かせていただきたいと思います。

 

 

離婚が決まり、実家に戻るまでの間、

一人悲しみに暮れる日々を過ごしていた私。

 

 

朝目覚めた瞬間は、

「夢じゃないんだ、現実なんだ・・・」と、

一日のうちで一番、現実に打ちひしがれ、

 

  

昼間は引っ越しの荷造りをするも、

どれもこれもAとの思い出ばかりで、

泣きながら荷物を詰め、

泣きながら解体できるものは解体し、

何かしらの理由で日々泣いて過ごしていました。

そんな時、私が唯一、大笑いした出来事があります。

 

  

私は音楽はロックが好きで、

幾つか好きなバンドがあるのですが、

その中の一つに”忘れらんねえよ”というバンドがあり、

ちょうどこの時期にこのバンドの2ndアルバムが出たという情報を、

ネットで見て知りました。

 

 

そして、その時に目にしたアルバムのタイトルが、

『空を見上げても空しかねえよ』だったのです。

私はこのタイトルを見た瞬間、泣きながら笑いました。

 

 

空を見上げても空しかねえよ・・・って。

確かにそうなんだけど、

この時の私はこのタイトルが物凄くツボで、

久しぶりに声をあげて笑いました。

「いつまでも泣いてたってしょうがないよ」的な、

この時の私にどこか通ずる言葉にも思えて、

このタイミングでこのアルバムと出会えた事に運命を感じました。

(またこの時期にバンド名もバンド名なんですけどね。笑

確かにこの時は"忘れらんねえよ"って気持ちでしたが・・・汗)

 

 

iTunesで早速視聴したらどの曲もめちゃくちゃ良かったので、

心を慰めるためにライブにも行きました。

”さよなら”という歌詞が入ってる『美しいよ』という曲は、

ぐさぐさと心に刺さりましたが、

全体的に力が沸いてくる曲が多く、

私にとってこの忘れらんねえよの2ndアルバムは名盤になりました。

実家に戻るまでも、戻ってからも、

ただひたすらずーっと聴いていました。

今でもこのタイトルを見ると笑ってしまうと共に、何だか元気が出ます。

写真はそのアルバムです。

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最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

14年間を振り返って思う事。離婚に至るまで《あとがき》

どうも、こんにちは。ふうです。

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今回は『離婚に至るまで』のあとがきです。

 

前回の記事です↓ 

bonne-chance.hatenablog.com

 

Aとの14年間(交際7年、結婚7年)を振り返って思った事は、

Aは一緒に居て誰よりも、何よりも楽しい相手でもあり、

誰よりも何よりもしんどい相手であったという事。

 

 

離婚後にAを知る友人達から言われた事は、

どうして離婚したのか?という事よりも、

どうしてAのような人間と今まで一緒に居れたのか?

と言う事でした。

 

 

離婚した途端、友人達の口からは本音が語られ、

「何であんなやつと結婚したのか理解できなかった」

「苦労するのが目に見えていた」

「そもそもAは結婚してはいけない人」

みんなそこまで思っていた何て・・・汗

結構ぼろかすに言われ驚きました。笑

 

 

そんなAと私が長く一緒に居れたのは・・・、

やはり、Aに魅力的な部分があった事が大きかったと思います。

とにかく知識だけは豊富な人だったので、

色んな世界を知っていたし、色んな人を知っていました。

Aに出会うまで無知だった私はAと出会った事で色々な事を知りました。

Aは一緒にいる事で自分自身が成長できる、

自分の人生において必要な相手であったと思います。

 

 

私のブログの内容からは想像つかないかもしれませんが、

Aと一緒に居て楽しかったのは事実です。

それが結婚生活が進むにつれ、

一緒に居て楽しい相手というよりも、

どうにかしないといけない相手になってしまい、

私がどうにかしようとした結果、

Aが息苦しくなっていき、ああなってしまいました。

 

 

後になって、

私達はもっと早くに離婚するべきだったかもしれない。

そうすればこんなに傷つく事何てなかったのに・・・。

そう考えたりしましたが、

Aには自分が必要だ、自分がどうにかしてあげないと・・・

と思い込んでいた私は、捨てられる立場でなければ、

この結婚生活を終わらせる事は無理だったと思います。

私が捨てられる条件が揃ったのが、結婚7年目のあの時だった。

当時は身も心もズタズタでしたが、

後の事を考えるとこれで良かったんだと思いました。

 

 

今までの記事にも記しましたが、

Aとの結婚は間違えた選択だったと思います。

間違えた選択だったが為に離婚という形で失敗に終わりました。

だけど、間違えた選択をし、失敗をした事で、

出会えた人生があり、出会えた人達がいます。

今の夫を始め、たくさんの人達に感謝して生きる毎日です。

 

 

あの14年間があって、今の私がいる。

人間、間違えても、失敗しても、そこで終わらなければ大丈夫。

頑張ってその先を進んでいけば、時間はかかるけど、

自分次第でどうにかできるし、全ては報われる。

離婚後の道のりを歩む中で私が学んだ事です。

 

 

このブログのタイトルにもある、『人間万事塞翁が馬』。

離婚が決まって落ち込んでる私に、友人が教えてくれたものです。

その時からずっと私の心に深く刻まれている言葉です。

人生その先を進んでみなければわかりません。

未来がある事、その先がある事は希望です。

 

 

まだまだこれから先、どんな事が待ち受けてるかわかりませんが、

可能な限り前を向いて突き進んで行ければいいなと思っています。

 

 

このブログをいつも読んで下さってる方、

ご縁があって覗いて下さった方、

読者になって下さった方、

記事をブックマークして下さった方、

コメントをして下さった方、

本当に本当に有り難うございます。

深く感謝申し上げます。

そして、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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完結!ついにやって来た夫婦最後の日。長かった苦悩の終わりと解放された瞬間。離婚に至るまで⑭

どうも、こんにちは。ふうです。

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前回からの続きです。

前回の記事です↓ 

bonne-chance.hatenablog.com

 

ついに離婚届を提出する日がやって来ました。

マンションに到着すると、

既に大家さんが部屋の前で待っていました。

Aと二人になるのが嫌だったので、

大家さんが先に来てくれた事は幸いでした。

その後に少し遅れてやって来たA。

Aに会ったのは約一ヶ月ぶりで嫌な緊張感がありました。

 

 

立ち会いが終了し、大家さんに鍵を返却し、

マンションの前で二人。

私はAに最後まで管理を頼まれていたもの一式と、

A宛に書いた手紙を渡しました。

Aは手紙に対し、ひとこと、

「有り難う」と言いました。

 

 

いよいよ、離婚届を提出しに市役所に向かい始めた時、

Aが「どこの市役所に離婚届を出しに行きたい?」

と私に聞いてきたのです。

意味不明な問いかけに、私は心の中ではあ?と思いました。

そしてその後、「例えば○○の市役所とか・・・」と言い出したA。

マンションから徒歩5分もかからない場所に

市役所があるのをわかってるにも関わらず、

どうしてわざわざ電車に乗らなきゃいけない場所を提案してくるのか?

一体なんなんだろうと思いました。

 

 

私は、「直ぐそこの市役所でいいよ」と答えました。

そして市役所に到着した途端Aが、

「今日は市役所休みなんじゃないの?」と言うので、

(この日は確か土曜日だったと思います)

私は「時間外受付があるから大丈夫」と答えました。

その後、私が、訂正しないといけない部分があるから、

訂正させて欲しいと言うと、

「訂正部分があるなら、今日は提出するの無理かもね」と言うので、

私は「訂正印持って来たから大丈夫」と答えました。

 

 

あれだけ余裕綽々だったくせに、

今になって離婚届を出す事を渋っているのか?

ただの気の迷いなのか?

結局Bちゃんと付き合い始めたはいいものの、

この一ヶ月で何かあって今さら慌ててるのか?

 

 

私は市役所の中に入り、離婚届を係の人に確認して貰い、

訂正箇所がいくつかあったので、

自分の訂正する部分を訂正し終えると、直ぐに表に出て、

外からAが離婚届を提出するのを見守る事にしました。

傍に居るとまた何かおかしな事になりそうだったからです。

 

 

その後、Aは訂正し終わったのか何なのか、

離婚届けを持ってうろうろ、中々、中から出てきません。

 

  

今さら私に何を求めているのでしょう?

自分の元に全く来るそぶりも見せない私に観念したのか、

Aは離婚届を出してようやく中から出てきました。

 

 

私が土壇場で泣いてすがりついて来るとでも思ったのでしょうか?

やっぱり離婚したくない!一緒に居たい!

とでも言ってくると思ったのでしょうか?

以前の私ならそうしてたかもしれません。

現にこれまでも何回か離婚危機がありましたが、

結局離婚届まで書いておいて、元サヤを繰り返して来ました。

今回は違います。

 

 

私「離婚届出せた?」

A「うん」

私「私こっちだから。Aはそっちでしょ?」

A「うん」

私「じゃあ!」

A「じゃあ」

お互い手を挙げてその場を立ち去りました。

 

 

私は一切Aの事を振り返る事なく駅に向かいました。

私はこの時33歳。

14年間も一緒に居たのに、人生の半分近くも一緒に居たのに、

終わりなんてあっけないものです。

長きに渡り、自分にとって特別だった人が、

今日この日、一瞬でただの人になりました。

Aに会ったのはこの時が最後です。

 

 

この日が来るまでに散々泣いた効果が出たのか、

涙は一切出ませんでした。

悲しいとか寂しいとかそんな感情も生まれませんでした。

 

 

私は帰り道、降りる予定のひと駅前で電車を降り、

駅近くにある河川敷に向かいました。

目の前には大きな川。

その向こうに見える大阪の町並みを眺めながら、

ああ、一人になったー!!

自由になったー!!

これからは、恋をする事が許されるんだー!!

解放感と自由になった喜びで満ちあふれました。

 

 

風に吹かれながら、高ぶる気持ちをどうにか沈め、

私はひたすら、黙々と河川敷を歩いて帰りました。

 

 

離婚に至るまで今回で最後になります。

次回からは離婚後のお話、離婚関連のお話が少しだけ続きます。

せっかく広島に住んでいるので、

そろそろ広島関連のお話なども書いて行きたいと思っています。

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございました。

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夫婦最後の日に向けて心作り完了。長く感じた離婚までの一ヶ月。離婚に至るまで⑬

どうも、こんにちは。ふうです。

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前回からの続きです。

前回の記事です↓

bonne-chance.hatenablog.com

 

引っ越しが無事完了し、

大阪の実家に戻ってからは、精神的に楽になりました。

食欲も戻り、体重も増え、

気持ちも少しずつではありますが、前を向き始めました。

環境が変わった事が大きかったです。

 

 

Aに離婚届は一緒に出しに行きたいと言われ、

正直、嫌だな〜とは思ったのですが、

離婚届が無事に受理されるのを見届けた方が、

気持ち的にスッキリするかなと思い、

Aの思いに従う事にしました。

 

 

提出する日はマンションの立ち会いがある月末。

立ち会い後にその足で、

離婚届を出しに行く流れで話が決まりました。

 

 

私は当日になって、

やっぱり離婚したくない!何て絶対に言いたくなかったし、

土壇場で離婚届けを破ったり、

Aにしがみつく事だけは嫌だったので、

必ず離婚届けを提出する事ができるように、

心作りを始めました。

 

 

部屋で一人、

離婚って何て辛いんだろ・・・。

何で私は離婚する事になったんだろ・・・。

黙々と考え込みました。

 

 

この自身の問いかけに対して私が辿り着いた答え・・・、

それは単純に『結婚したから』でした。

そもそも結婚しなければ離婚は生まれません。

 

 

私、結婚したから今こんな事になってるんだ。

離婚がこんなに辛いなら、結婚何てしなければ良かった。

勝手にAに執着して、勝手にAに期待して、

勝手にAを変えようとして、

Aが家庭を持つには不向きな人間にも関わらず、

簡単に結婚なんかしてしまって・・・。

 

 

どんなに駄目でどうしようもない部分があろうとも、

本人には全くその自覚がなく、

Aは何をしたって、Aでしかなかったのに。

 

 

私が間違えた選択、間違えた事をし続けた結果、

結婚生活は苦しくて、辛くて、暗いものになってしまった。

7年間の結婚生活で心から幸せって思えた事何て一度もなかった。

これはきっとお互い様で、AはAで苦しかったんだろうな・・・。

だから最終的にああなってしまった・・・。

 

 

何もかも全て後の祭りであり、自業自得の結果でした。

痛みは伴うけれど、

この結婚生活を私の責任を持って終わらさなければならない。

離婚は私達夫婦にとって正しい選択だ。

離婚する事に納得できた瞬間、

夫婦最後の日に向けての心作りが完了しました。

 

 

そして、

当日泣かなくてもいいように、

散々泣きたいだけ泣いて涙を枯らしました。

 

 

当日、Aとできるだけ言葉を交わさなくていいように、

伝えたい事は全て手紙に書きました。

最後だし、綺麗に終わりたかったので、

今までありがとうと言う事と、

ごめんなさいの気持ちだけを記しました。

 

 

離婚までの一ヶ月間はとても長く感じました。

 

 

間違えた選択になってしまった結婚生活。

思わぬ形で訪れた強制終了。

離婚が決まった事で、

長く暗かった私とAの結婚生活にようやく光が差し始めましたね。

この時の私には光は見えていませんが、今の私には光が見えます。笑

 

 

次回、離婚に至るまで最終話。夫婦最後の日。

余裕綽々だったAの不可思議な言動。開放感に満ちあふれた瞬間。

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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離婚まであともう少し。解体作業始まるも心乱され一人で頑張る。離婚に至るまで⑫

どうも、こんにちは。ふうです。

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前回からの続きです。

前回の記事です↓

bonne-chance.hatenablog.com

 

完全に心が決まった私。

離婚に向けて、本格的な解体作業が始まりました。

 

 

引っ越しの日に向け、

Aは週末にやって来て、荷造りするのはいいのですが、

私に対して怒っていました。

自分のタイミングではなく、

いきなり家を追い出された事に対してもそうだし、

これだけの事があったにも関わらず、

全然平気そうで、明るく振る舞う(Aの前では)

私の事が気に入らないようでした。

ブツブツいいながら切れている様子がもの凄く気味が悪かったです。

 

 

それだけで終わるならまだしも、

私の目の前で何分か置きに携帯を開き、

Aは何かを確認するそぶりを見せました。

私が一緒に作業をする中で、

出来ればこれだけはされたくないなと思っていた事です。

 

 

Aが携帯を開くたびに、

Bちゃんからのメールを確認してるんだってついつい思ってしまうし、

心の中で、嫌だな、そんなの見たくないなと思ってしまうのです。

なので、この時、そうだ、

きっとAは時間を確認する為に携帯を見てるんだ!

そう思う事にして気にしないようにしようと思ったのはいいのですが、

Aは携帯を閉じて直ぐに「今何時?」と尋ねてきたのです。

 

 

普通、携帯を開いたら、

時刻って直ぐに目に入るものじゃない?と思い、

Aが私を意図的に傷つける為に、

この行為を繰り返してるんだと思った私は、

余計な事を考えたり、これ以上傷つきたくないので、

Aと一緒に作業をする事を避け、

Aが来る時は大阪の実家に戻る事にしたのです。

 

 

Aからすれば、私が自分を失う事で泣いて弱っていれば満足。

私が自分を失ったにも関わらず、平気そうにしていたら気に食わない。

 

 

Aとこれ以上一緒に居て、心乱されて、

ズキズキ心を痛めるくらいなら、大変だけど、

一人黙々と解体作業に取りかかった方がマシだと思ったのです。

 

 

有り難い事に友人が手伝いに来てくれ、

大量の本を車で運び、売りに行くのを手伝ってくれたり、

未使用の食器や、雑貨、衣類なども、

フリマで売るために引き取ってくれたりしました。

 

 

そんなこんなでAと会わないようにしてはいたのですが、

保険関係の書類や、印鑑など、

直ぐに必要な物だけを渡す事になり、

どうしても会わなければいけない事になりました。

 

 

カフェで待つ私。少し遅れてやって来たA。

必要な説明をし、書類と印鑑を渡す事わずか5分位だったと思います。

私が直ぐに席を立ち、後からAがやって来て、

「俺はこの辺りをブラブラして帰るから、じゃあ」

といって直ぐに別れました。

 

 

そして帰りの電車の中での事です。

Aからメールが届きました。

そこには、

「少し痩せたんじゃない?ちゃんとご飯食べてる?

俺が別れた事を後悔するくらい、いい女になってね」

という内容が・・・。

 

 

ムカつきました。

そっちはいいよね、もう相手がいるんだから。

こっちは突然一人になって、

これから二人で生活していた家に帰って、

寂しく過ごすんだから。

私と完全に切れてないにも関わらず、

既に相手が居るAをズルいと思ったし、

身も心もぼろぼろな私に比べて、

余裕綽々なAの態度に腹が立ちました。

 

 

電車を降りて一人、

すっかり日も暮れた秋の終わりの帰り道、

肌寒さに少し震えながら、

ああ、本当に終わるんだ、これで終わりなんだ。

私は流れる涙を止める事ができず、

ひとけのない道を選びながら、泣いて帰りました。

 

 

次回、離婚まで一ヶ月、心を作る日々。離婚直前に私がした事。

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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まるで”ポエム”迷いのある心に一撃、心が決まった瞬間。離婚に至るまで⑪

どうも、こんにちは。ふうです。

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前回からの続きです。

前回の記事です↓

bonne-chance.hatenablog.com

 

離婚届を書いたはいいものの、

このまま本当にAと別れていいものかどうかウダウダと迷っていた私。

やり直す余地はあるのか?ないのか?

間違えた選択をしているのではないか?

(どこまでも見苦しくてすいません。汗)

 

 

そんな私の迷いを一蹴する出来事が起こりました。

Aが置いて行ったポケットWi-Fiによりネット環境が復活したので、

私は調べ事をしようと、パソコンを開きました。

そしてネットを立ち上げた瞬間、

ブックマークの一覧が目に入ったのです。

 

 

その中に、

AとBちゃんが知り合うきっかけになったイベント名がありました。

このイベントは私も足を運ぶイベントで、

毎年開催される時期が近づくとチェックする為、

このイベントの公式HPを私はブックマークしていたのです。

 

 

ここからです。

私ははっ!としてイベント名をクリックしました。

そしてその中に表示されていた公式ツイッターの中に、

Bちゃんの名前を発見してしまったのです。

全く同じ名前(愛称)だったので直ぐにわかりました。

そこからBちゃんのツイッターをクリックすると、

ブログが張りつけられていました。

こういう場合、見ない方がいいのかもしれませんが、

私は怖いもの見たさでアクセスしてしまったのです。

この時は恐ろしい程、心臓がバクバクしました。

 

 

AがBちゃんと会うと言って出かけた日付のブログを発見。

内容には登場人物がAとBちゃんであると、

決定づける記載があり、まさにドンピシャでした。

 

 

このブログの中でAの事をBちゃんは”大好きな人”と表現しており、

内容はまるでポエムのようでした。

ある日のブログでは、

「会いたくて、会いたくて、だけど、直ぐに会える人じゃなくて、

あまりに大好きな人に会いた過ぎて苦しくて、今日は泣いてしまった」

というような事が書かれていました。

 

 

私は、このブログを読んで、めっちゃ盛り上がってるじゃん!

そう思いました。

私と言う障害がある事で、Bちゃんの恋は切なさが増し、

「大好きな人にどれだけ会いたくても、簡単に会う事ができない。

そんな私の切ない恋、何て可哀想な私」

"恋する自分に酔っている"この表現がしっくりくるそんな感じでした。

 

 

ここで私がやっぱり別れない!と離婚を拒否すれば、

Bちゃんの恋はまたもや盛り上がりをみせ、

Aにあーだ、こーだ言って色々と仕掛けてくるだろうと思ったので、

これはもう離婚一択だ!!と思わぬ形で私の心は決まりました。

Bちゃんの恋の盛り上げ役になるなんてごめんです。

関わるのも気持ち悪いと思いました。

 

 

AがポケットWi-Fiを置いて行ってくれなければ、

私は暫く迷っていたでしょう。

ひょんなことから心が決まった私。

 

 

心が決まってからは動きが早かったです。

迷いがあるうちはウダウダしていましたが、

離婚して、大阪の実家に戻る事を決めた私は、

近いうちに働く事が決まっていた働き先に連絡をし、

事情を話して辞退させて貰いました。

この時、働いていた所は、あと2週間程で退職が決まっていたので、

ここに関しては本当にタイミングよく、

辞める理由は大きく変わりましたが、

迷惑をかける事なく去る事ができて良かったです。

マンションも出て行く事を管理会社に連絡し、

引っ越し業者も直ぐに手配し、

見積もりを取って引っ越し日も早々に決めました。

 

 

この時点で、離婚届を提出する日まで一ヶ月とちょっと。

離婚に向けての私の長い戦いが始まりました。

 

 

次回、解体始まる!乱される心、余裕綽々のA。一人黙々と引っ越しの準備!

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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そこに愛はあるのか?情だけなのか?離婚届と”今の人”。離婚に至るまで⑩

どうも、こんにちは。ふうです。

このブログを覗いて下さった方、

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どうも有り難うございます。

 

前回からの続きです。

前回の記事です↓

bonne-chance.hatenablog.com

 

自分から離婚を切り出したはいいものの、

いざ、自分の目の前からAが居なくなったショックは相当なものでした。

これだけの事があったにも関わらず、私の中で、

このままここでAを待ち続けるかどうしようか迷う自分が居ました。

14年もの長い間一緒に居たので、

この時の私は完全に情でがんじがらめになっていました。

そこに愛がある愛情なのか、それとも単に情だけが残っているのか、

自分でもわからなくなっていました。

 

 

心に強いダメージを受けると、思考って止まってしまうんだ・・・。

何にも食べる気にもなれず、動く気になもれず、

気付けば1時間、2時間、驚く早さで時間だけが過ぎて行く。

これからの事を色々と決めていかなきゃ、

少しでも前に進んで行かなきゃ・・・。

とは思っても、思い通りに体が動かない。

これほどにも、心も体も重たく感じた事はなかったです。

 

 

人生でこれだけ深く傷ついた事がなかったし、

ここまでの喪失感を抱いた事がなかったので、

深手を負うと人ってこんな風になるんだ・・・。

と、この時は初めて経験する事が幾つかありました。

 

 

やっとの事で立ち上がり、周りを見渡すと、

夫婦二人の生活感がまだ残っている部屋、

冷蔵庫を開ければ一人じゃ食べきれない量の食材。

今の私にこの環境は苦しすぎる。

家の中にいるだけで心がズキズキ痛みました。

 

 

そして、家を出て行った翌日に、

Aが離婚届けを持ってやって来ました。

今すぐここで書いてほしい、住民票も移したからと言われました。

訴えられる事を恐れたのか、完全な別居状態である事、

夫婦関係が破綻しているという事実を慌てて作りに来た様子でした。

私がBちゃんとの事を尋ねても、

「ふうの事をこれ以上傷つけたくないから」

とAは肝心な部分については一切答えませんでした。

 

 

しかしその一方で、

Bちゃんと正式に付き合う事になったのか、

AはBちゃんの事を”今の人”と呼ぶようになっており、

まだ離婚届けも出していないのに、

現状、妻である私はいつの間にか過去の人になっていました。

私をこれ以上傷つけたくないと言っておきながら、

”今の人”発言・・・。

私は一体どこまで傷つけばいいのだろうか、気が遠くなりました。

 

 

離婚届けを書いてる間、私は涙が止まりませんでした。

結局何があっても、どんな事があっても、

離婚を口にしても、今の今まで別れる事ができなかった私とA。

これから先もこんな事を繰り返しながらも、

ずっと一緒に居るものだと思っていたのに・・・。

 

 

何を思っていたかはわかりませんが、

Aは私が記入してる間、

離婚届けをもの凄く険しい顔しながらじっと見つめていました。

 

 

離婚届けを書いたはいいものの、まだまだ迷いがあった私。

本当にこのままAと別れてもいいのだろうか・・・。

 

 

そしてこの後の事です、

家を出て行く時にAはポケットWi-Fiを持って行ったのですが、

必要じゃなくなったので、ここに置いて行くから使ってと渡されました。

 

 

この当時二人ともガラケーだったので、

これからの色々な手続きや引っ越しの手配の事を考えると、

PCでネットができないのは不便だったし、

私は助かったと思いました。

 

 

さて、この流れがあり、あるものに私が辿り着いた事によって、

迷いがあった私の心は離婚一択へと突き進む事になったのです。

 

 

次回、見て良かった、知って良かった!ある物との遭遇・・・。

私の心が何の迷いもなく離婚へと向かう出来事が発生。

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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急展開!出て行った夫、車でやって来たその相手。離婚に至るまで⑨

どうも、こんにちは。ふうです。

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いつもこのブログを読んで下さってる方、

どうも有り難うございます。

 

 

前回からの続きです。

前回の記事です↓ 

bonne-chance.hatenablog.com

 

日曜日、出先からの帰り道で、

Aに「ふうに対してもう愛が無いって事に気がついた」

そう言われた私。

 

 

そしてその後、

私はAに、Bちゃんに対して恋愛感情があるのか確認しました。

Aは「あるか無いかで言えばある」と答えました。

次に、Bちゃんは何て言ってるの?と聞きました。

Aは「向こうもけじめってのがあるから・・・」

とBちゃんの気持ちについては濁しました。

 

 

そしてこの後、Aが強調したのが、

今すぐ家を出て行くとか、離婚するとか、

どうこう動くのは無理だと言う事。

話を聞いていれば、ニュアンス的にずるいと思ったし、

私はAのBちゃんに対する気持ちを聞いた以上、

もう一緒に居れないそう思いました。

「今からその足で市役所に離婚届を取りに行こう」

私はAに言いました。

 

  

二人黙ったまま市役所に離婚届を取りに行き、

帰宅してから私はAに怒りをぶつけました。

子供の事は何だったのか?

私が今の仕事を辞める事を決め、

新しい仕事を探して動き始めたのを知っていたのに・・・。

Aは「結婚してから一度も子供を欲しいと思った事がなかった」

と言いました。

じゃあ何で、話し合いをした時に子供を作る事に同意したのか?

それに対してAは「その時は大丈夫だと思った」と言ったのです。

言ってる事がちぐはぐでした。

 

 

怒りに震えた私はAに、

「今すぐ出て行って欲しい」と伝えました。

これから一緒に暮らして行く中で、

スカイプなど、Bちゃんの気配がするのも嫌だったし、

自分ではなく、Bちゃんに気持ちが向いているAと、

同じ家で一緒に生活して行く何て、

辛くて耐えられないと思ったからです。

 

 

するとAは私の目の前でBちゃんに連絡を取り始めたのです。

Aに「今からBちゃんが車で来るから」と言われました。

その後、Aはもの凄い勢いで荷物をまとめはじめ、

Bちゃんが車でやって来ると、荷物を持って出て行きました。

 

 

この時はただ、ただ、怒りや悲しみの感情が入り交じり、

呆然としていたので涙は一切出ませんでした。

  

 

思いっきり泣けたのは翌日の朝になってからでした。

朝目が覚めて、2DKにぽつんと一人。

14年間も一緒にいた人が突然いなくなってしまった部屋で、

目の前の現実を受け入れる事が苦しくて、苦しくてわんわん泣きました。

  

 

この日は仕事に行ける状態ではなく、

これからどうするべきなのか考えて一日が過ぎて行きました。

  

 

さて、今となってはですが、

Bちゃんが車でやって来て、Aが出て行った時は、

「ああ、持ってかれた」そう思いました。

奪われたような感覚です。

この時は凄く腹が立ったし、Bちゃんを許せないと思いました。

しかし今では、私にとって不用な物をBちゃんが引き取ってくれたんだ。

数年経ってようやくですが、そう思えるようになりました。

現にそうでした。今ではBちゃんに心の底から感謝しています。

  

次回、離婚に向けて動きだしたはいいものの・・・。

 

暗い内容ですが、

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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夫の口から語られた事、見えて来た相手の正体。離婚に至るまで⑧

どうも、こんにちは。ふうです。

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こちらからの続きです↓
bonne-chance.hatenablog.com

 

私の嫌な予感が的中。

Aにそんな女性が居たなんて・・・。

正直驚きました。

結婚して今の今までこんな事が一度もなかったからです。

Aは定時になれば直ぐに帰って来るし、

休みの日もずっと家に居る人でした。

家で携帯を触ってるのを見た事がないし、

外泊も結婚生活のうち2回だけ。

飲み会も学校に通っていた時には増えましたが、

基本お金がないので数える程度でした。

なので女性の影があるようには思えませんでした。

 

 

私としても、Aは顔が整っているわけでもなく、

性格も変わってて、面倒臭くて短気、

仕事も長続きせず、お金もない。

そんなAと一緒に居られるのは私くらいだろう、

そう思っていました。

 

 

そこに突如現れた女性の影。

驚きと困惑の中、呆然とする私の前で、

Aはその女性に対する想いを語り始めました。

 

 

以降、その女性の名前をBちゃんとします。

Aいわく、Bちゃんとは、

あるイベントでボランティアスタッフをしている時に知り合ったとの事。

とにかくBちゃんは凄く気が利き、

自分の事をほめてくれ、

自分の事をよく理解してくれている。

自分の求めてる事を言葉にしなくても何でもやってくれ、

今まで出会った事がない優れた素晴らしい女性で、

将来何らかの形で一緒に仕事をしたいと思っている。

Bちゃんに対して運命的なものを感じている。

 

 

Aの口からすらすらすら~と飛び出したBちゃんへの想い。

妻である私を目の前にして容赦のないAの告白に、

私の心はズキズキズキズキと痛みました。

 

 

そしてこの後、私はAの言葉に留めを刺されたのです。

「Bちゃんはふうとは違う」

 

グサっ。

 

そして留めを刺された後さらに、

もう一度ブスっと突き刺されました。

「自分のこれから先の未来にBちゃんはいても、ふうはいない」

 

・・・・・。

 

この流れからして、Aは明言はしないものの、

Bちゃんに好意を抱いていて、しかも運命を感じている。

将来的に私と別れて、Bちゃんと一緒になりたい。

そう言われてるも同然です。

これは完全に浮気ではなく本気だ・・・。

心変わりってやつだ。

私はショックのあまり声を発するのもやっとの思いで、

「私と別れたいって事?」と聞くと、

Aは「今すぐではないけど、もっと先の何年後かにはふうとは一緒にいないと思う」

そう言いました。

 

 

ただこの時点でAはこれだけの事を言っておいて、

「BちゃんにはBちゃんで幸せになって貰いたいと思ってるし、

自分には今ふうがいるし、Bちゃんとどうこうなろうとは思っていない」

と言っていました。

 

 

しかし、この日からAの様子が急激に変わっていったのです。

毎晩、私が眠った後に何をしているかといえば、

平日はBちゃんとスカイプでチャット。

これは実際目撃してしまいました。

 

 

そして急展開の週末、

土曜日はBちゃんと会うと言って出かけて行き、

日曜日は元々私と一緒にでかける用事があったので、

予定通りでかけたのはいいですが、

土曜日の帰宅後からAは私に対して終始不機嫌。

前日までは普通に笑って話す事もあったのに、

話かけても受け答えをまともにせず、会話にならないレベル。

 

 

こんなに急変するものか?という程の急変ぶりでした。

日曜日の出先からの帰り道、

とうとう我慢できなくなった私は思い切って聞きました。

「昨日Bちゃんと何かあったの?」

Aは黙ってます。

「だって、どう考えたって今のAおかしいじゃん」

暫くしてAが口を開きました。

「Bちゃんに色々相談に乗って貰ってて、その時に、

Bちゃんに”それは愛じゃないよ”って言われて、

俺はふうに対してもう愛が無いって事に気がついた」

それはの部分が何だかはわかりませんでしたが、

Bちゃんにこう言われた事により、

私に対して愛が無いという自分の気持ちに気がついた。

という事でした。

 

 

ああ、これはもう駄目かもしれないな・・・そう思いました。

ここで私が反発したり、Bちゃんの事を悪く言えば、

Aはますます私を嫌悪し、事態が悪化するだけだと思ったので、

私はこの時、Aに対して何も言い返す事ができませんでした。

今のAにはBちゃんの言葉しか響かないし、

Bちゃんしか見えていない。

 

 

順調に行ってるように思っていたのに、

その裏でこんな事になっていたなんて・・・。

 

 

この時は凄く悔しかったし、

例え正論であれ、第三者の言葉によって、

私達夫婦がこんな事になってる事に腹が立ちました。

つい数週間前までは平穏にみえた毎日の激変ぶりに、

私の心は追いつく事ができませんでした。

 

 

次回、帰宅してから大げんか、修羅場のち、Aの口から飛び出した本音。

 

 

最後まで読んで下さりどうも有り難うございます。

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金木犀を”金木星”だと勘違いしていたあの頃。

どうも、こんにちは。ふうです。

このブログを覗いて下さった方、

どうも有り難うございます。

 

 

今回は、離婚のお話ではなく、

私が大好きな金木犀のお話を書きたいと思います。

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毎年、10月になると、ふわ~と漂って来る甘い香り。

はっとして周囲を見渡すとそこには・・・。

オレンジ色のあの花をつけた樹木が!

金木犀です。

ああ、今年もこの香りが漂う時期になったかと思い、

毎回、胸がキュンとします。

 

 

しかし、今年は、マスクをして歩いてるせいか、

金木犀の香りがしない・・・。

ってゆうか、金木犀を見かけない!

そんな事はないはずなんですが、

まだ遭遇していないな~と思い、

かなり意識して歩いていると、

こんな所にあったのか~!というような場所に、

幾つか発見しました。上記の写真はその一つです。

 

 

マスクを外して香りをくんくん。

ようやく嗅ぐ事ができた甘い香りにほっと安堵し、

嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

金木犀の香りを嗅がずに10月が終わるなんて寂し過ぎます。

 

 

ここで一つ、金木犀に関する思い出を書きたいと思います。

私が小学生の頃のお話です。

当時、隣の席に座っていたT君から、突然、

「おい、キンモクセイの匂いがするぞ!」

と言われ、金木犀を樹木ではなく、

『金木星』という宇宙にある惑星だと勘違いした私は、

あんな遠くから、しかも惑星の匂いがするわけがない!と思い、←壮大な勘違い

金木犀の香りに興奮するT君に対して、

「あんな遠くから匂いするわけないやろ!あほちゃう」と言ってしまい、←どうにか通じる

T君を怒らしてしまった事があります。

その後のT君との会話は全く噛み合ず、

金木犀の「匂いがする!」「するわけがない!」の応酬が暫く続きました。

この時は、私のとんでもない勘違いのせいで、

T君には無駄な労力を使わせてしまい、

大変申し訳なかったと思っています。汗

 

 

この出来事の後、金木犀が樹木で、

甘い香りのする花が咲く事を知ったのは随分と先の事でした。

 

 

金木犀の甘い香りを嗅ぐと、

何故だか切ない気持ちになる事が多いです。

色々と思い出もあり、金木犀は私にとって特別な存在です。

今年も金木犀に無事出会う事ができて良かった。

来年はマスクなしでふわ〜っと漂うあの甘い香りを堪能できたらいいなと思います。

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

突如現れた嫌な予感・・・帰って来なかった夫。離婚に至るまで⑦

どうも、こんにちは。ふうです。

このブログを覗いて下さった方、

どうも有り難うございます。

  

前回からの続きです。

前回の記事です↓

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子供を作るために動き始めた私。

今までになく仕事を頑張っているA。

私はこの時、二人一緒に同じ方向を見ていると信じて疑わなかったし、

全ては順調に進んでいる、そう思っていました。

 

 

しかし、Aが「暫くしたら仕事を辞めたい」と言い出したのです。

引きこもり第四弾?!と思いましたが、

今直ぐ辞めるわけではないが、将来的な事を考えて、

今の仕事をずっと続けるのは無理があるとの事。

給料も少ないし、もっといい所に就職したいという理由でした。

 

 

しかし、やりたい事に向けて勉強もしたいので、

その時間も欲しいと言い出し、

って事はやっぱり、また引きこもりたいって事?!と聞くと、

「本当はそうしたいけど、そういうわけにもいかないし・・・」

今までのAにはない発言でした。

 

 

驚愕したのがこの後です。

「最近、生きてく為には働かないとって思い始めて・・・」

もう32歳にもなるAの口から出たこの言葉。

今までの事を考えれば随分成長したとはいえ、

私は暫く言葉を発する事ができずに、フリーズしました。

今まではどう思って生きて来たのか?

誰かが養ってくれる事が当然だったのか?

なんとなく、仕方なく働いて来たのか?

 

 

あまりに奇妙だったので、フリーズする私の頭の中で、

世にも奇妙な物語のあの不気味な曲が流れました。汗

この話は結局、決着がつかず、とりあえず、今後の事は保留になりました。

そして、そんな最中にある事が起こったのです。

 

 

Aはこの時、

あるイベントのボランティアスタッフをしていました。

平日は仕事、週末はイベントの手伝い。

そのイベントも無事終わった頃でした、

Aの様子がおかしくなったのは。

 

 

ある週末の休みの日、

このイベントとで知り合った人達と会うと行って、

昼間からAは出かけていきました。

念入りに服を選び、身なりを整え、

おまけに今日会う人の中の一人に貸すという本に、

自分でコレクションしたオシャレな広告でブックカバーを作り、

それを取り付けるという気合いの入れよう。

 

 

Aがこんな風にかっこつけて、好印象を抱かれたい相手は、

女性しか考えられません。

私はこの時、今までにない嫌な予感がしました。

今までこういう事が一度もなかったからです。

 

 

そしてこの日、Aは夜の12時を過ぎても帰って来ませんでした。

 

 

Aが帰って来たのは日を跨いだ夜中の3時過ぎでした。

一緒に居た知人に車で送ってもらったとの事。

そしてこの日もあまり眠ってないにも関わらず、

イベントがあると言ってAは出かけて行き、

予定では夕方までに戻ると言う事だったのですが、

少し遅くなると言って、

その後ずるずるずるずると帰ってきませんでした。

私はこの時、夜中の3時まで一緒に居た相手と、

Aがまた会ってるそんな気がしてなりませんでした。

 

 

そして帰って来たA・・・。

この二日間の出来事を、何だか怪しいと思った私がAを問いつめると、

Aは私に、昨日は昼からある場所を観光し、

その後みんなと飲みに行って帰りが遅くなったと言いました。

何もやましい事はないと、観光の際に撮影した動画を見せてきました。

 

 

しかし、Aはここで墓穴を掘りました。

動画には女性とAが会話をする声が入っていたのです。

しかも常に二人だけの会話。

「女の人と二人で行ったの?」

「昨日、今日と会っていたのってこの人?」

Aはあっさり、みんなではなく、ある女性と二人で観光をし、

その後夜中までずっと二人で一緒に居た事認めました。

自分を車で送ってくれたのもその女性だと。

 

 

ここからです、Aが怒濤のごとく、

この女性への想いを語りはじめたのは・・・。

 

 

次回、深く傷ついた夜、もうどうしようもない状態に・・・。

離婚までのカウントダウンが始まります。

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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完全に、有り難うもごめんなさいも言えなくなってしまった。離婚に至るまで⑥

どうも、こんにちは。ふうです。

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引きこもり生活第三弾のち、どうにか見つけた仕事を、

Aは珍しく頑張って続けていました。

だいたい長くて1年続けばいい感じだったのが、

過去最長の2年目に突入。

 

 

この裏で離婚危機が2回程ありましたが、

結局離婚まで至らずに元サヤ。

この時期は、結婚生活史上、Aの仕事が安定しており、

共働きで貯金も増え、

ようやく二人の結婚生活に光が差し始めたそんな気がしていました。

 

 

しかし、この頃になると私は、Aに対する長年のストレスから、

Aの事を全く大事にできなくなり、

Aに対して「ありがとう」や「ごめんなさい」を、

完全に言えなくなってしまいました。

 

 

こんな日々の中、

結婚生活は7年目に突入し、私の年齢も30代に。

年齢的にもそろそろ子供が欲しいなと思い始めました。

 

 

年齢的な事を考えたのもありますが、

子供という生きて行く為の大きな原動力がなければ、

私とAは夫婦としてこれから先、

縁を繋いで行くのは難しいと思ったのです。

 

 

なので、Aが子供はいらないと言えば、

その時はお互いきれいさっぱり別れて、

別々の道を歩もう。そう思いました。

 

 

そして、Aと話し合った結果、子供を作る事で話が決まり、

その数ヶ月後、タイミングを見て私は動き出しました。

 

 

結婚当初からずっとお世話になって来た会社に辞める事を伝え、

妊娠しても、ギリギリまで働けて、

体に負担がないよう、家の近くで仕事を探し、

面接も受けて、退職後はそこに行く事が決まりました。

 

 

さて、ここからです。

私の人生最大の過ちポイント→Aとの結婚。

第二の過ちポイント→Aとの間に子供を作ろうとした事。

この第二の過ちに対しては大きな修正が入りました。

 

 

子供を作るか、離婚するか、私は既にこの時、

またしても完全に、ものの見事に!!笑

人生の選択を大きく間違えていたのです。汗

 

 

次回、Aにまさかの存在が!今までになかったAの行動に・・・。

いよいよ離婚に向けて動き出します。

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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広島西条酒まつり 今年はオンライン開催!!

どうも、こんにちは。ふうです。

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このブログを始めてからずっと、

離婚関連の暗い内容ばかり書いているので、

今回は気分を変えて、

広島の西条で毎年この時期に開催されている、

酒まつりについて書きたいと思います。

 

 

今年の酒まつりの開催はオンラインのみで、

期間は10月10日、11日の2日間です。

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酒祭り公式サイト↓

酒まつり公式サイト - 「酒まつり」は今年で30周年。「今できる新しい酒まつり」として「オンライン酒まつり」を実施いたします。

 

 

大阪人の私は、広島と言えば、原爆ドームお好み焼き。

直ぐに思い浮かぶものと言えばこの二つでした。

 

 

なので、広島に対してお酒のイメージがなく、

こっちに住み始めて、

広島に西条という有名な酒処がある事を知り驚きました。

西条は東広島市にあり、

JR広島駅から電車で40分位のところにあります。

 

 

その西条で、毎年10月に開催されるのが酒まつり。

それぞれの酒蔵ではお猪口一杯100円~お酒を飲めたり、

その周辺では、おつまみを何にしようか迷うくらい、

たくさんの屋台がでます。

イベント会場も幾つか設置され、それなりに有名な人が来て、

歌ったり、踊ったり、トークショーなどが行われ、

内容も盛りだくさんです。

 

 

酒まつりのメインともいえる酒ひろばでは、

全国各地の日本酒、約1000の銘柄を試飲できます。

普段は高くて飲めないようなお酒も飲めるので毎年人気です。

※酒ひろばの会場に入るには入場券が必要です。

昨年の情報になりますが、

前売入場券が1600円、当日入場券が2100円。

(入場券に含まれるもの→酒ひろばで試飲するのに使えるチケット7枚、お猪口、

水引換券、酒目録)

ここ最近、酒ひろばのルールが変わったようで、

試飲1杯につき、チケットが1枚必要になるそうです。

今年はオンライン開催なので関係ありませんが、ご参考までに。

 

 

酒祭りというだけあり、

毎年、ぐでんぐでんに酔っぱらった人達を必ず見ます。笑

みんな陽気で凄く楽しそうです。

今年は残念ながら、オンラインのみの開催で寂しいですが、

毎回かなりの人で混雑するので、このコロナ禍では仕方ないですね。

来年は通常通り、酒まつりが開催される事を切に願います。

 

 

お祭りに関係なく、お酒が大好きで日本酒が飲める方は、

広島に来た際は西条おすすめです。

酒蔵が並ぶ西条酒蔵通りは、

JR西条駅から歩いて直ぐの所にあり行きやすく、

雰囲気も良くて、ブラブラ散歩するだけでも楽しめます。

私個人的には賀茂鶴の梅酒がおすすめです。

めちゃくちゃ美味しいです!

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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同じ事の繰り返し!ひきこもり夫の実態。離婚に至るまで⑤

どうも、こんにちは。ふうです。

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前回からの続きです。

前回の記事です↓

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Aの引きこもり生活第一弾を終え、

その後、第二弾、第三弾と続き、

私の心は疲弊して行きました。

貯金も貯まっては減り、貯まっては減りの繰り返し。

将来が全く見えない状況のまま、

ただただ時間だけが過ぎて行きました。

 

 

引きこもり生活を定期的に続けていたAも、

さすがにこの辺りになると、

悩んでる様子も見られるようになりましたが、

だからといってどうこう動くわけでもなく、

現況何も変わる事はありませんでした。

 

 

さて、ここからは、Aが引きこもっている間、

一体何をしていたかと言うお話と、

Aとは実際、どういう人間だったのかというお話になります。

 

 

私が知る限りではまず、

平日、私が仕事に行ってる間は、

洗濯物がある日は取り込んで畳んでくれてはいました。

後は、基本、長時間のネットサーフィン、

読書など。本人いわく勉強をしてるとの事。

しかし、この長きに渡り、

何かを創作してる時期はあったものの、

ほとんどが知識を詰め込むだけで形にはせず。

あーしたい、こーしたいと口にはしても実行しない。

Aはまさに『あたまでっかち』そのものでした。

 

 

そして、厄介な事にAには、

「自分は将来必ず何かで成功する」という、

もの凄い自信がありました。

 

 

確かにAは頭の回転も、物覚えも早く、

知識も豊富で、弁が立ち、長続きはしないけど、

仕事はよく出来たと思います。

実際に働いている時に、結果を出して、

特別に賞与を貰う事がたびたびありました。

 

 

こういった部分からくる自信なのでしょうか、

自分は誰よりも優れていると本人は思っていたし、

それを認めない私に対して、

「ふうは凡人だからわからない」と言い続けました。

 

 

もう一つ厄介な事に、

Aは自分自ら責任を取る事ができませんでした。

何か失敗すれば人のせい、物のせい。

「ふうがあの時、自分にこう言ったからだ」

「ふうがあの時、自分にこうしたからだ」

「ふうがもしもあの時、自分にこう言ってなければ」

何でもかんでも私のせい。

 

 

ボールを上手く蹴る事ができなかったらボールのせい。

パソコンを上手く扱える事ができなかったらパソコンのせい。

自分が悪いわけがない、自分が失敗するわけがない。

 Aには自業自得という理屈が全く通じませんでした。

 

 

何に対しても自分で責任が取れない、あたまでっかちで、

上から目線、オーラと態度だけは一丁前。

 

 

私は、Aのこうした思い上がった部分に対して、

嫌悪する気持ちが日に日に強くなっていきました。

 

 

この頃から、Aと出会って十何年もの間、

目に見えない形で蓄積し続けていたストレスが、

徐々に私の中から溢れだし、

私はAの事をだんだん許容できなくなっていきました。

 

 

ちょっとした事で私はAと大きな喧嘩をするようになり、

喧嘩の内容も激しいものになっていきました。

 

 

次回、結婚して5年が過ぎ、限界を超えた状態で走り続けた結果・・・。

どうなってしまったか?

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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いよいよスタートした結婚生活。そして、無残に割れた夫婦茶碗。離婚に至るまで④

どうも、こんにちは。ふうです。

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前回からの続きです。

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晴れて夫婦となった私とA。

結婚生活は、Aと業者との揉め事から始まり、

幸先の悪いスタートとなりました。

 

 

結婚祝いは有り難い事に沢山頂きました。

その中のひとつにあった、夫婦茶碗

この夫婦茶碗が結婚生活をスタートさせて間もなく、

両方がっつり割れたのです。汗

 

 

私が自ら取り付けた棚に、

食器が入った水切りバスケットを置いていたのですが、

その重さに耐えられなくなった棚が外れ、

そのまま水切りバスケットごと地に落下。

その結果、中に入っていた夫婦茶碗は衝撃と共に転げ、

ものの見事に割れて砕け散りました。

 

 

重さに耐えられなかったというよりも、

そもそも重いものを乗せるには無理があった棚。

無残に割れてしまった夫婦茶碗

まるで私達夫婦の現状と、

これからの行く末を現してるかのような出来事でした。

 

 

結婚生活が始まって直ぐに、

Aは思ったよりも早く仕事が決まり、働き始めました。

しかし、一年とちょっと過ぎた頃、

「やりたい事がある」いつものこれです。

結婚して第一弾の引きこもり生活が始まりました。

 

 

Aは暫く引きこもった後、職業訓練校に通い始め、

そこで知り合った人達との飲み会に参加したり、

キャンプで外泊するなど、学生生活を謳歌し、

授業が終盤になってきても、

仕事を探し始める気配は全くありませんでした。

 

 

私が朝、仕事に向かう電車の中で、

夜中まで飲んで友人の家に泊まり、

家に帰って来なかったAから、

「今から帰宅します」のメールを受け取った時は、

もうどうしようもないなと思いました。

 

 

結婚した結果見えて来た事は、

私が期待していたような事ではなく、

単にAの面倒を見るのが、

Aの両親から私になったという事だけでした。笑

 

 

次回、まだまだ続くAの引きこもり癖。Aなりの苦悩?!

無意識のうちに蓄積していたストレスと限界間近の私の心。

 

 

最後まで読んで下さり、どうも有り難うございます。

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